top of page

翻訳としての異文化交流

 

大将

 

今回の講義課題ではチャイナ・ミエヴィルの短篇「ノスリの卵」の冒頭を訳した。この冒頭部分では一方的に話す人物(のちに男性の老人とわかる)と話しかけられている相手だけが登場しており、これだけではその人物の立場、状況、性別、状況がわからない。そこでここから残りの話を自由に想像し、語り手を若い女性という設定にして訳をしてみる。以下がその結果である。公式の日本語訳とは明らかに異なる雰囲気になりその後の展開は確実に方向性を変化させるものになるだろう。創作の中に現れる想像の余地の面白さを感じることができた。

 

 

よく眠れたかしら。

あら?まだヘソを曲げてるのね?

そう、好きにしてるといいわ、私には朝ごはんの方がずっと大事よ。

そうそう、火はちゃんと点いたかしら?薪も大丈夫?煙で美味しいかどうかわかっちゃうものね。

振り返ってあなたに燃え差しをぽいっと放り投げることもできるし、まあ実際そうするべきだって人もいるでしょうけど、私は遠慮しておくわ。不満はないでしょう?

あなたには見えてるはずよ。ほんとはもっとキラキラした目をしてるって気がしたのよ。

そんな風に睨んだって無駄よ。あの窓の外でも見てる方がずっと有意義よ。丘がとっても奇麗だと思わない?

 そうね、あれはあなたたちのものじゃない。でもあの太陽の下の果樹園を見て。小道をサイラスが歩いてる。えっとサイラスで合ってたかしら。私と同い年くらいで、髪の色が私の目の色と似てる男の子ね。この辺にはあんまり人は住んでいないんだけどね。あ、誰かに呼ばれているみたいね、サイラスは。

 さあ召し上がれ。じろじろ見たりしないわよ。ねえ、あの岩を見て。岩とその近くの穴も。

2、3か月前にこの塔からずっと離れた町から奴らが来た。神官たちと兵隊たちと奴隷たち。奴らがつるはしで丘をごっそりえぐっていったの。隊長とかいう人が言うには山から削り取ったもので何か新しい力が生まれるんだとか何とか。

 名前は忘れちゃった、隊長の名前も、神様の名前も。男か女かも忘れちゃった。

 あそこにいるのはワシね、それにノスリ。

ワシとノスリが恋をしたことがあるのよ。お互い大嫌いだったのに、でも大好きだった。ワシがノスリに卵を一つ産ませたわ。でもノスリは一度も卵を温めなかった。プライドかしらね。そこにハトが現れた。そしてハトは言ったわ、「あら、私ってバカね。こんなところに子供を置いてくるなんて。」ハトは卵を抱いたわ。そしてこう言うの、「私の子供がこんなに大きくなるなんて!おんぶされたら海だって見渡せちゃいそう!」

 食べ終わった?おかわりはいるわよね?

遠慮しないで。それとも口に合わないかしら?食べられないほどじゃないと思うけど。

海はここから40マイル東よ。私は見たことないけど。前に町から商人が来たの。

兵隊にどうして止められなかったのかはわからないけれど。その商人が海のことを教えてくれた。その商人は男の人だったけど背中に小さな女の子を背負ってたわ。ほんとにちっちゃい子で私がずっと見てたら泣き出しちゃった。男の人はお舟だぞう、ってあやしてたわ。

 あ、それでね、さっきの卵はハトが孵したの。中から出てきたのは鉄みたいな羽がびっしり生えた鳥。その鳥が羽ばたくと雪が降り始めて、その鳥が鳴くと口から虹が出てきて空にかかったらしいわ。ほんとかしらね。

 あなた、そこにいたんじゃないかしら。ねえどうしてしゃべらないの?何か気に障るようなこと言ったかしら?

 あなた、何もしない気?外じゃなんにも起きてない。ただ風が吹いてるだけよ。出たり入ったり、登ったり下ったりじゃ何にもならないわよ。サイラスも今日は果物を摘まないわ。

 ちょっと離れたところに中庭があって、そこに井戸があるんだけど昔は泉が湧いていたの。動物の像の口から水が流れるのよ。ここでも聞こえた、きれいな音。でも何年か前に酔っぱらった兵隊がぶつかって水が出なくなっちゃったの。見た目は何ともないんだけどね。

その兵隊さんはお咎めなしだったわ、仲間の兵士たちがかばったんだと思う。それからしばらくはまだ滴る水に蚊が寄ってきてたけど、今はただの石の置物よ。

 あ、石がくだらないって言ってるんじゃないのよ、ごめんね。あなたのところでは、石はあなたのものだったわね。

 ずっとだんまりかしら?曇り空の向こうに日が差すこともあると思うんだけど。

あなた子供みたいね。食べ終わるのを待つ筋合いもないのよ。またそんな渋い顔して。もう煙は大丈夫?ちょっとやることがあるの、あなに一日中かまってるわけにはいかないの。

 それじゃ、また。そうやって一日中ぼーっとしてたらいいわ。

bottom of page